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兄のこと 1 [介護と日常]

痩せこけた人が背筋をぴんと伸ばし直立不動で正面を見据えるように合掌している写真に、母は毎日のように線香をあげていた。その横には小さな観音菩薩座像が置かれていた。その人のことはほとんど何も知らない。祖父(母の父)ということ。死の間際の写真だということ。それ以外、母から聞いたことはもうほとんど記憶にない。あるいは何も聞かなかったのかもしれない。母の死後その菩薩像も写真も、ない。

6月29日。寝ようと布団に入ったのは明け方の4時過ぎだった。すぐに眠りに入っていくのがわかった。その時、まるで悪戯でもされているかのように後頭部の髪の毛の中に何かが動いた。虫がいるのかと思い飛び起きて頭を調べたり、枕や布団を見たのだが何もなかった。そして再び電気を消しそのまま熟睡した。

電話が鳴った。8時30分過ぎだった。兄の長男から兄の死を告げられた。明け方のこと、寝入りばなのことを思い浮かべた。
妻の方を見ると電話の様子を目で追っていた。受話器を置いた後兄が死んだことを妻に告げた。妻は大きく眉間にしわを寄せ目を閉じた。

話が前後する。6月3日に妻は胃ろうのペグ交換のために一週間の予定で入院した。
6月10日は退院の日だった。手続きを済まして介護タクシーに乗り込んだ後、急遽兄が入院している病院に行ってくれるように頼んだ。絶好の機会だった。妻とともに病室に行くと一瞬兄は驚いた顔をした。「エール交換に来たよ」というと、動く方の左手を差し出してきたので妻の動かない右手を持ち上げるとその手を軽く兄は握った。妻は目を閉じたままだった。
兄は痩せこけてもはや透き通るようであったが、凛とした表情でベッドにいた。その姿は、写真で見ていた合掌する祖父とそっくりだった。
これが生前の兄と会った最後となった。

30日に生前の兄の意向により家族だけの通夜をやり、翌7月1日にやはり身内だけの葬儀を終えた。
71歳だった。



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