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年の瀬に [介護と日常]

まもなく2012年が終わろうとしています。2月に妻が死の淵を彷徨う重病となり、思い出したくもない引っ越しが続き、5月に妻は新しい家に帰ってきました。夏前には兄が癌で胃のほとんどをとる手術をしました。綱渡りのような夏を覚悟していました。夏をやっと超えられたと思ったとき、私の今年はほとんど終わっていました。
日々生起し、堆積する欲望の処理はツイッターやG+といったSNS上で解消できる程度に安定したものでした。しかし、自分自身に刻むような向かい方はとうとう出来ないままに時だけが過ぎていきました。

10月の終わり、体に変調が生じて深夜の救急に行く事態になり、結果11月のはじめに手術しました。膀胱に2センチほどの結石がありその石が尿道を塞いでしまったようでした。何年か前に小さな石が腎臓から出て病院待合室で気を失ったことがありました。その時の診断ではまもなく膀胱に移動して排出されるであろうと言われましたが、今回のことでその小さな石も排出されずに、膀胱に居座っていた石と合体してさらに大きくなっていたのだと思われます。入院は4日間ですみました。その間、妻はレスパイト入院をさせてもらい私が退院してから迎えに行きました。

妻は5月に帰ってきてから、しばらく無反応な日が続きましたが、少しづつこちらの呼びかけに応答するようになりました。まばたきや、時には頷いてくれるときもあります。やりとりの範囲は極端に狭くなりましたが、無反応も含めた応答は「喪失」を補うものではなく、あらたな次元の獲得された交感を与えてくれました。

私自身は、前ほど元気ではなくなりました。特に手術後にそう感じます。外で人に会うのは心も躍り楽しく過ごせますが、家に人を招いてお酒を飲むような元気はなくなりました。ひとつには定期的に妻の吸痰をしなければいけないこともあります。(毎年新年の挨拶に来てくれるM君、これをもし読んでいたら今年の正月は遠慮してください)それだけが理由ではありませんが、このなんともいえない億劫さがひとつ私にまるで重ねる年齢のように加わりました。呼び出していただければ事情が許す限り、出かける元気はかろうじて保っています。

今まで、自分にとって「認知症とはなにか」と問うことがテーマでした。しかし、再び妻が倒れた後また違った問題に向きあうようになったと感じています。認知症について自分なりの答えも見いだせないまま、身体と命が重なり合う存在のあり方(うまく言えませんが)に、揺さぶられ続けています。

そんなわけで、今年いろいろご心配をいただきありがとうございました。良いお年をお迎えください。
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引っ越しの簡単な顛末 [介護と日常]

引っ越しは転勤族でもなかったので何度もしたわけではないけれども、結婚してからは三度経験している。すべて京都市内だが、いわゆる洛中での生活経験はない。結婚当初は伏見区の一軒家に住んだ。門があり玄関先にけっこう広い庭があり(といっても三坪ほどだった)気に入っていたが妻の仕事の都合により東山に変わった。その家は、上の子が中学生の時のある日、出張から帰ってくるとなにやら大工さんが家に入っていて、裏のお風呂とお風呂に続く居間が消えていて驚いた。私がいないときに妻が自分の仕事場にするために工事を決行したのだった。さすがにそのままでは住めなくなり、また伏見区に引越をした。今度は駐車場付きの家だった。これも気に入っていたのだが、家主さんが経験のない人で貸した家が心配のあまり干渉しすぎるので妻が我慢できなくなり、三度目の引っ越しをすることになった。この引っ越した家が、今までの舞台である。

今までの家はすべて妻が見つけてきた。大家との交渉も全部妻がやった。私はいつも渋々従うだけだった。最初の家は変わるのが嫌で私だけが居残り、二ヶ月抵抗したのだが、ある日妻がやってきて小遣いを一万円増やしてあげると言われてあっさり従った。

だが、これらの引っ越しはまだかわいかった。貧しいながらも必要最小限より少しだけの贅沢と希望を背負って私たちは移動できた。三度目の引っ越しをした年は今でも覚えている。その年に阪神・淡路大震災が起こり、オームのサリン事件があり、そして務めていた会社が消滅したからだ。

今回の四度目の引っ越しは今までの引っ越しとは違い、憂鬱だった。実際、とても一ヶ月で終わるような作業ではなかった。引っ越し前に処分せざるを得ないものを二日にわたってトラックを借り何度も処分場に行ったが、それでも引っ越しの荷物は引っ越し先に収まりようがなく呆然とした。
引っ越し業者の作業は、当日の朝8時半から始まり深夜日が変わる頃に終わった。そして、引っ越しからしばらく段ボールの隙間で寝た。整理と片付けは、この家のサイズに収まりきるようになるまで、ただただ処分を継続していくしかなかった。5月18日に最後の整理しきれなかった家具や備品を処分して、ようやく妻の退院を迎える目途がたち、退院前日のベッド配置に間に合った。

この間私は、家具の処分や設備工事で行けない時を除いてほぼ毎日出かけ、看護師さんの監督の下チェック項目に従って病院で吸痰や流動食の注入の指導を受けた。土日は子供達が休みを利用して交替で病院に行きやはり指導を受けた。

余計なことを書かずにかいつまんで今回の引っ越しのことを書くと、まあこういうことだった。捨て去ったものが余分なものだったとは思わない。もったいないと少し思わないわけではなかったが、それは自分への期待に対する名残惜しさみたいなものだと思う。

いよいよ終盤戦にさしかかったことを実感している。この狭い路地奥にある築百年の長屋の生活はじつはとても落ち着いて気に入っている。表の戸には網戸もなく板の隙間から外の明かりが漏れてくる。家も微妙に傾いている。が、新しく塗られた各部屋の本格的な土壁はリフォームの嫌な匂いもほとんどなく、しっとりと生活の煩雑な音を包み込んでくれる。まだ二階はほとんど片づいていない。もう少しこのアンバランス、不安定を抱えていた方が自分にふさわしいような気がするのでぼちぼちとやって行こうと思っている。

さて、退院してからの妻は予想通りすぐにこの家に馴染んでくれた。それは良いのだが状態が上向いたり安定するまでには至っていない。体温調節機能が損なわれているためか、すぐに発熱する。冷やすと平熱に戻るのだが気がつくのが遅いと危険を伴う。咳や痰が相変わらず多い。覚醒しているときには目で頷いたりサインを送ってくれるが、15分以上は続かない。エアマットを使っているのだが、微妙に静かなその音が夜耳について私がなかなか寝つけない。三時間ごとに体位を変えるのがけっこうな負担だ。とまあ、細かなことをあげればきりがない。どんな日常も似たり寄ったりだと思っている。今の目標は、まずは今年の夏を妻とともにしのぎきること。という、わが家的にはけっこう大きな目標を立てておくことにする。
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一週間後にまた。 [介護と日常]

(途中で通信が切れずにアップできますように)
みなさん、こんばんは。
nice&コメントありがとうございます。ようやく、ネットの工事日が決まりました。6月3日です。現在使用している通信はeモバイルですが、今夜の12時で延長一ヶ月の契約が切れます。もったいないので、ここで契約を終了し、光の開通まで一週間待つことにしました。

退院してから、おおきな問題もなく過ごしております。けっして欲目ではなく退院してからの数日で、生命の糸が太くなったような気がします。目と表情とかすかな頷きなどで話しかけてきます。今日は初めての入浴サービスでした。室内にバスを持ち込んでそのまま入れてくれるのです。ちょっと感動しました。

3時間ごとに体位を変えるのがなかなか大変で、寝不足はちょっと対策をしないとこのままではこちらが倒れてしまいそうです。吸痰や胃ろうからの注入は失敗も含めて、もう、バッチリです。

この記事を、コメントへの返信とさせていただきます。一週間後にまたお会いしましょう。
それでは、おやすみなさい。
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明日23日退院します [介護と日常]

明日23日午前退院します。引っ越し後、ネットの工事が遅れに遅れて未だ開通していません。この間、eモバイルでネットに触れていましたが、電波が安定せずブログになかなかログインできませんでした。しばらくこの状態が続きそうです。退院受け入れの準備は、万全とは言い難いのですがなんとか片付けも間に合わすことが出来て、見切り発車です。吸痰や胃ろうへの流動食注入などの指導を病院で受けてきました。とにかく、家に連れて帰ることが出来てうれしいです。おそらく、この帰宅が最後の時間となることでしょう。大事にしたいと思います。新しい家は狭くて古いですが、静かで落ち着いて生活できます。妻もきっとすぐに馴染んでくれると思います。ネット開通後に、私が経験した最強で最悪の引っ越しなどをぜひ書きたいと思っています。金環日食、くっきりと見ることが出来ました。まず、近況報告まで。
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野田さん、そして和ちゃんへ [介護と日常]

野田さん、あなたのお母様の死の報告は私にとって想像以上の哀切を伴うものでした。
あなたとお母様の格闘の日々は、私には自分の息子を別なる次元へと導くための体を張ったお母様の戦いに見えることもありました。

手を出して涙するあなたの赤裸々な告白は、お母様があなたに促した決意と勇気の姿だと思えました。

野田さんのお母様。こんな事しか書けませんが、和ちゃんと書かせていただきます。安らかにお眠り下さい。

野田さん、長い間お疲れさまでした。私はあなたの呼びかけた統一戦線に一兵卒として、これからも馳せ参じます。

合掌。
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